パブリッシャー15社へのピッチを振り返る ~『Gremlins, Inc. II』のケース~
[本記事は、GameDiscoverCoニュースレターの日本語翻訳です。GameDiscoverCoの許諾を得て翻訳・掲載しています。]
久々のGameDiscoverCoの記事ですが、今回の記事はインディーゲームスタジオ「Charlie Oscar」の代表Sergei Klimov氏に執筆していただきました。今回のテーマはパブリッシャーへのピッチプロセスについてですが、例としてCharlie Oscarが開発したデジタルボードゲーム『Gremlins, Inc』(5,100件の好評)の次作『Gremlins, Inc. II』のピッチを挙げながら、その学びを紹介します。
『Gremlins, Inc. II』の売り込み方
この数ヶ月、『Gremlins, Inc. II』を約15社のパブリッシャーや出資者にピッチしてきました。その経験を以下の順にざっくり紹介します。
- ピッチでのゲーム紹介
- ピッチからの学びや相談したポイント
- パブリッシャーを選ぶときの評価基準
- 取引不成立の原因
- 結論:取引の見方
ピッチでのゲーム紹介
コンセプト:『Gremlins, Inc. II』の元になっている『Gremlins, Inc.』は、Steamで50万人のユーザーがおり、6年間Live Opsの運営でもエンゲージメントが未だに高く保たれています。完全に新しいコンセプトのゲームピッチに比べて、『Gremlins, Inc. II』のピッチではデータ量が多いです。
また、次作のコンセプトは明確です。コンセプトを検証するために、実際『Gremlins, Inc.』のSteamコミュニティーにニュースとして発表しました。その結果、その投稿は今までにない「いいね」数を獲得し、その多くの「いいね」は次作の主なアップグレード(カスタムのマルチプレイ、ランク戦でのチームモード、MOD用に編集できるカードなど)の承認とも言えます。
資料: ピッチをするとき、パブリッシャーに35枚のスライド資料を送っています。スライドの内容は以下の図のような前作のデータ、次作のコンセプト、前作と次作の比較表とロードマップです。
ときどき、詳しいGDD(ゲームデザインドキュメント、ゲームの仕様書)の制作について聞かれることがあります。Charlie Oscarにとって、デザインドキュメントの作成は開発過程の一部です。理由としては、ゲームの仕様はその作品において優先する販売モデル(早期リリース vs. 完全版、Steam専用 vs. PCで複数のサイトに掲載 vs. スイッチ用 vs. Xbox用、補足としてのモバイル版 vs. スタンドアロン版など)によるからです。ゲーム開発前の時点で詳細なGDDを作れるのであれば、我々にとってパブリッシャーと彼らの知見は不要であり、出資者だけが必要ということになります。もちろん、ピッチの目的が資金調達であれば、詳細なGDDがあると「明日から開発できます!」という姿勢の証明として役立つかもしれませんが。
予算: 今回のプロジェクトでは、早期リリース向けに40万ユーロ(5,000万円)を、早期リリースから1年用に更に40万ユーロ(5,000万円)を、そして6ヶ月間のイベント運営用に20万ユーロ(3,000万円)を調達する予定です。予算交渉の際に、予算を高く要求してから本来の額に下げるような心理戦はしません。また、早期リリース中の利益は計画に入れません。(もちろん、利益になるように目指しますが、期待できないものだと考えます。)結果として、1社をのぞき、ピッチした全てのパブリッシャーにおいて、予算の金額については問題がありませんでした。
ただし、ピッチで予想していなかった質問がありました。それは、「予算が増えたら、ゲームはどうなりますか?」というものです。今回は3社からこの質問があり、たとえば200万ユーロ(2億5,000万円)や500万ユーロ(6憶5,000万円)を提供した場合にゲームの規模を大きくできないかと聞かれました。確かにこの点は興味深いですが、前提としてCharlie Oscarがパブリッシャーと求めている関係は、ゲームの様々な段階に合わせてプロダクションを変更できる関係です。また、我々にとって早期リリースの前にこのような投資を増やす意味が少ないと考えました。
みなさんのピッチにおいては、求める予算の2〜3倍の場合にゲーム開発をどうしたいか検討し、スライドに含めたら良いかもしれません。
ピッチからの学びや相談したポイント
パブリッシャーに求める要件がより明確に: 様々な会社と話しているうちに、チームの目標がより明確になり、GDDの他にインディースタジオの説明・パートナーに求める特徴の説明、及び用語シートを作成しました。
パブリッシャーと出資者へのピッチを繰り返すことで、チームの本当の目標をより理解できるようになりました。その効果は、まるで早期リリースでユーザーのフィードバックを理解するプロセスのように役立ちます。
その結果、パブリッシャーに対する以下の3点の要件が明確になりました。
- より良い状態でゲームをリリースするための販売の知識
- ユーザーを獲得するための知識(対象のユーザーを探し、そのユーザーに届ける能力)
※これはパブリッシャーを出資者と差別化する点 - 資金
ゲームと対象ユーザーの深堀り: 我々のゲームは前作の実績があり、出資の約100万ユーロに対して利益は約300万ユーロを見込みました。出資者にとってはこの計算とリスクの検討だけで話になりますが、パブリッシャーにとっては利益の話だけでは足りません。
パブリッシャーとの会話で気づいたことは、知見の深いパブリッシャーはゲームの内容の他に、対象となるユーザー像を考慮する傾向があります。その理由は、対象のユーザーがパブリッシャーのユーザーポートフォリオ(すでに発売しているゲームのファン層)に追加されるからです。パブリッシャーがゲームを見ているとき、2つの質問があります。
- そのゲームはパブリッシャーが持つ既存のポートフォリオに合うかどうか?
(つまり、最初のリリースはどれぐらい大変なのか?) - そのゲームはポートフォリオのユーザー層を拡大できるのか?
(ゲームの他に、スタジオが貢献できるものは何か?)
どうやらピッチの内容はゲームについてですが、評価されるのは対象ユーザーです。資料の中では合計のユーザー数もそうですが、具体的なユーザーの割合データがあると更に良いです。例えば、『Gremlins, Inc.』のSteamでのユーザーが50万人いますが、30%は中国から、11%は日本から、8%はロシアからです。
理想的な状況は、パブリッシャーとあなたのゲームの対象ユーザーに相乗的な関係がある場合です。
例:パブリッシャーのユーザーポートフォリオは主にアメリカとヨーロッパからですが、我々が提供できるのはアジアのファンなので、お互いにメリットをもたらします。
知的財産権: ピッチのやり取りでは、知的財産権について様々な提案がありました。
①「パブリッシャーと一緒にゲームの成功を目指しながら、Charlie Oscarに知的財産の所有権が帰属」
②「契約書に知的財産権を購入する選択肢が欲しい」
③「知的財産権をパブリッシャーに移さないと、取引は中止」
→パブリッシャーが知的財産権を求める理由は、おそらく上場企業として付加価値を追加する必要があるからです。株主にとって、会社の知的財産が増えれば増えるほど、会社が成長しているように見えるかもしれません。
しかし、Charlie Oscarにとっては、相談早々に知的財産権に集中されることは危険なサインです。知的財産権が求められると、開発者は自分のゲームの価値を本来の価値より高く感じるかもしれません。しかし、パブリッシャーにとって、知的財産が欲しい理由は価値があるからではなく、開発者との関係で決定権を持つためだからです。
エクイティ – 契約より簡単?: 2022年の第1四半期(と『Gremlins, Inc.』の成功)に限る話かもしれませんが、我々の経験では、パブリッシング契約を勝ち取るより、インディースタジオの株式持分を引き換えとした投資ファンドからの資金調達のほうが簡単に感じました。
ひとつの理由は出資元にあります。上場企業の場合、インディースタジオの持ち分が会社の成長に直接つながりますが、ゲームプロジェクトへの出資はギャンブルになります。
最後の手段として、我々は投資ファンドを選択します。(パブリッシャーと比べて、パートナーシップとしての相乗効果が少ないですが、そのような資金はほとんどゲーム業界に入ったばかりの投資ファンドからです。)その場合は、依然として我々のみでゲームを開発しますが、以前より資金が増えています。
パブリッシャーを選ぶときの評価基準
コミュニケーションの経験: 前に「悪い」経験をしたパブリッシャーには連絡しませんでした。我々の「悪い」の定義は、コミュニケーションの質を指します。例えば、Steamのアクセスキーを10個提供したのに1個も使われなかったことや、担当者のプロデューサーが1年で3回変わったことなどが挙げられます。もちろん、必ずしもその会社が全て悪というわけではありませんが、我々にとってはそのようなコミュニケーションの質では、新しいゲームを開発・リリースすることが厳しくなります。そして多くの場合、そのような会社は成長が早い会社や大手の会社であり、ヒットするゲームが優先されがちです。
開発者同士の情報: パートナーを探し始めたとき、同じ開発者から様々な紹介をいただきました。例えば、開発者はなぜか全員Chucklefish社とDevolver社をオススメしました。もちろん、避けるべきパブリッシャーの忠告もあります。なぜ避けるべきかを詳しく聞いたところ、「何か」が欠けていたからです。その「何か」はサポートだったり、スタッフだったり、信頼関係だったりとさまざまです。こうしたコミュニティからの情報に基づいて、連絡するべき会社と避けるべき会社が決まりました。
取引不成立の原因
タイミングが合わなかった: 成立しなかった取引は、ほとんどの場合パブリッシャー側が他のタイトルで忙しいかったからです。
また、パブリッシャー側が抱えることのできるプロジェクト数の上限もあります。我々が一番求めているアプローチは、パブリッシャー側の担当者が各ゲームを専任し、責任を持って育てる方法です。しかし、残念ながら、良い担当者というものは影分身の術を使えません。
「ホウレンソウ」が大事: 今はタイミングが合わなかったかもしれませんが、半年後、状況が変わる可能性があります。取引が成立する確率を上げるため、定期的に計画だけをパブリッシャーと出資者に共有しつづけることが効果的だと気づきました。その理由は、先方が何の接点なしに、「今が投資するべき」と突然思い出して決めるわけではないからです。
しかし実のところ、他の開発チームと同じようにゲームの開発に集中しすぎたり、特に要件がない状況でパブリッシャーに連絡しづらいと感じたりして連絡しないことが多いですね。その対策として、開発者を代理するマネジメント役を雇用することが役立つかもしれません。こうしたスタッフがいると、パブリッシャー側の声も開発者側の声も考慮できます。
みんな忙しい: この業界で忙しくない人なんて会ったことありません。パブリッシャーと相性の良いゲームだったら注目されますが、大体の場合、投資と成長の多いこの業界ではパブリッシャーの受信トレイは大量のメールに埋もれています。先方から返信がない場合は即「却下された」というわけではなく、大体は「立て込んでいる」からです。そのためリマインドを毎週送りましたが、1ヶ月進展がなければ諦めます。
結論:取引の見方
今回の場合、2022年2月の数週間前は、それぞれ別の速度で進んでいる交渉が4件ありました。1つはスタジオの買収を含んでおり、残りの3つはゲームのリリースが焦点です。また、EGDF(EUのゲーム産業機構)によるファンディングを検討しています。これらは合計16タイトルのピッチのうちひとつとして進行している交渉です。
ピッチしていく中で、交渉のポイントは先方の最終目的を理解すること、そして先方と我々の最終目的が合っているかどうかということだとわかりまsちあ。つまり、「我々のゲームは先方にとって一体何の価値があるの?」を考えることです。
先方が上場企業の場合、幹部の人たちの目的は?
→利益や内部の目標に関係するかもしれません。
プロジェクトの期間は?
→たとえば、2〜3年。
先方が非上場企業の場合、目的は?
→ポートフォリオ強化、利益、持続可能な協力関係。
プロジェクトの期間は?
→たとえば、2〜6年。
取引の本質は、各レベルでの目標を一致させることだと言えます。
- 開発者側は、良いゲームとともに良い利益を目指す。
- インディースタジオは5年間の計画を通して、ロングテールな利益を目指す。
ただし、リリースは5年間の計画中の通過点であり、最終目的ではない。
リリース後、開発のモチベーションは下がる。 - パブリッシャー側は、リスクを背負ってゲームの成功を目指す。
もしパブリッシャーにとってゲームのリリースを遅延することにリスクがなければ、もしくはゲームの成功が小さなことすぎて興味がない場合は、パブリッシャーの目標は開発者と一致しない。
まとめると、ピッチはまるでRPGの「パーティーメンバー探し」クエストのようでした。インディースタジオの目標に合っている、資金を提供するパートナー探しです。開発側はゲームとコミュニケーションを提供し、先方はリーチ、セールスと資金を提供します。合わせて1つのパーティーですので、相性の良いパートナーを見つけることが大事です。
[この記事は元々Charlie OscarのLinkedInからの一部です。ご興味のある方はチェックしてみてください。]
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